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シングルマザー子育て日記『ちいさな世界』

子供2人と暮らすシングルマザーのブログです。仕事に育児に毎日奮闘中です☆家計簿も公開中です!!よろしくお願いします(〃^∪^〃)

無職の専業主婦が突然シングルマザーになりました。⑪《心無い言葉と病気に泣かされる日々》

 

 はじめに

 ↓ これの続編です☆

chiiseka.hatenablog.com

 ↓ 離婚理由についてはこちら☆

chiiseka.hatenablog.com

 

ブラックだったパート先 

 パート採用になった翌週。初仕事に行くとなぜアッサリ採用してくれたのかがすぐに分かった。求人票にあった仕事内容の《軽作業》は本当はだったからだ。

 

仕事内容は20Kg以上もある鉄製の業務用家具を一人で組み立てたり、梱包する仕事だった。それを持ち上げて上下に重ね合わせたりするものだから、かなりの力がいる。中には本当に軽作業に分類される仕事もあったけど、ほとんどが重たい物を持つ仕事だった。人の出入りが激しく、保育園の就労証明書も1ヶ月働かないとか書いてもらえなかった。なぜなら1ヶ月以内に辞めてしまう人が多いから・・・。

 

仕事自体も私は不器用だったので組立にかなり苦戦していた。さらに何度も数えたはずのネジの本数がいつも違っていたりと使えない人と化した。なんできちんと数えたハズなのに数が合わないんだろ。と帰宅してからメソメソ泣いた。どんなに注意深く数えても本数は違っていた。他にも思い当たる事が多々あり、自分は大人の発達障害ではないのかと思っていた。この時、パート長にはとても迷惑をかけてしまい、気の弱さと仕事の出来なささから《一人で生きていけなさそうだから元旦那と復縁したら?》なんて言われていた。

 

それでも他に仕事が無いことや、勤務条件が合ってる事から必死になって働いた。辞めたいと思った時には《同じ仕事が続いてる人がいるのに、辞めるなんて我慢が足りないだけ。》と自分を奮い立たせて頑張った。作業の方もネジの本数を数えるのはいつまでも苦手だったけど、他の作業は人並みに出来るようになっていった。

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☆仕事を早退して保育園にお迎えに行ったら、なぜか熱が下がっていたので2人でアイスを食べに行きました。

 

心無い言葉に泣いてしまう日

ある日、女性パートの工場から男性社員のいる工場へ作業をしに行く事があった。60歳後半くらいのおじさんに話しかけられて、旦那の事とか子供の事とか色々と聞かれた。私は嘘をついて後で面倒な事になったら困るので、正直にシングルマザーだと言う事を話した。すると『我慢が足りないんだよ!!股が緩いからそういう事になるんだよ!!』と強く言われてしまった。丁度お昼休みに入ったところだったので、持ち場を離れて車の陰で泣いてしまった。まだ離婚したてで、それを軽く交わせるほど心が強くなかった。これから先、こんな風に言われることは少なくないはず。心無い言葉をかけてくる人だって世の中にはいるんだ。離婚する事に対して否定的な人の気持ちがこの時なんとなく理解出来た。シングルマザーとして生きて行くには、こんな風に言われる事も覚悟しなければいけない。沢山泣いて午後は普通に仕事に戻った。

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病気の連続の日々

子供達が保育園に行き始めて1ヶ月半が過ぎた頃。早速病気を貰って来た。実家は母がまだ仕事をしているので、高齢の父しか家にはいなかった。生後8か月の風邪をひいた乳児を父が日中1人で見るのはまだ難しく、私が仕事を休む事も多かった。職場に何度も保育園から電話があり早退して迎えに行った。朝目が覚めると まただ。また今日も熱がある。

 

 目を覚ますのが怖いくらいだった。子供達を心配する気持ちはもちろんあったけど、私も働き始めてまだ日が浅い。毎日毎日休む訳にはいかなかった。休めば収入だって減ってしまうのだ。それでも休むしかない現実に座り込んで毎日メソメソ泣いた。《誰か助けて!!》何度も心の中でそう叫んだ。

 

 ある日、そんなメソメソしてばかりの私に母が 『勝手に離婚したくせに!!誰も助けてなんてくれないよ。全部自分で何とかするしか無いんだよ!!』とキレてしまった。離婚前から母には色々と相談して助けて貰っていた。離婚時には冷たかった父も色々と手を貸して助けてくれていた。子供達が病気の時も出来る限りの支援をしてくれていたのに頑張るどころかメソメソ泣いてばかりの私に母も我慢の限界だった。

 

この時初めて自分が父や母に甘えすぎていた事。これからの事は他人を頼るのでは無く、全部自分の力で乗り越えて行かなきゃいけないんだ。という自立の気持ちが湧いた。

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 ☆パープー随分大きくなりました!!

 

保育園へ元気に通えるようになるまで。

パープーは最長2週間連続で保育園を休んだ。ぎゅうちゃんと交互に病気になり看病に仕事に育児にめまぐるしい日々だった。病気以外にもパープーの心臓やぎゅうちゃんの足の定期検診。乳児健診などで仕事を休むことが多かった。(ぎゅうちゃんは足の指が一本ちょっと曲がってるカーリー変形です。)二人の病気が落ち着いて保育園に普通に通えるようになるまでには1か月近くかかってしまった。 

 

それ以降もパープーはまだ小さかったので大事をとって保育園からお迎えの連絡がよく来ていたが、この頃になると子供を預かる事に慣れてきた父が私の代わりに保育園にお迎えに行ってくれるようになった。私が仕事を休む事もグンと減った。

☆補足:3月(離婚)4月(引っ越し)5月(保育園)6月(初出勤)☆

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