シングルマザー子育て日記『ちいさな世界』

子供2人と暮らすシングルマザーのブログです。仕事に育児に毎日奮闘中です☆家計簿も公開中です!!

転職と狂い始めた精神状態《⑬無職の専業主婦が突然シングルマザーになりました。》

 

 はじめに

これの続編です↓

chiiseka.hatenablog.com

離婚理由についてはこちら↓

chiiseka.hatenablog.com

 

一生背負う大きな後悔

元旦那の離婚後の様子を見て《復縁は無い。》頭では分かっていながらも辛い事があるたびに復縁を考えてしまい気持ちがフラフラしていた私。そんな中、一つの後悔が頭の中に浮かび上がる。それは《名字》

 

復縁するという前提で離婚時に元旦那の名字を名乗って生きていくことを選択して来たけど、今後復縁しなかったとしても元旦那の名字を名乗って生きていかなくてはならない。子供達にとっては父親だけど、私にとってはもはや他人。

 

これから先、元旦那が再婚したり今よりもっと憎むような事があったとしても、元旦那の名字で呼ばれ続ける。子供達が名字が変わる事を理解出来る年齢なら子供の為にと我慢も出来たが、まだ2歳と0歳。理解など出来る訳も無く何の為に元旦那の名字で呼ばれるのかと思うと受け入れられなかった。旧姓に戻りたくて色々調べてみたがその手続きは簡単には出来ないことを知って愕然とした。

※2016年、戻す事に成功しました☆

chiiseka.hatenablog.com

 

仕事に限界が来る。

働き始めて5ヶ月が経った頃。仕事にも慣れて世間話をするような同僚が出来た矢先、私の体に異変が起きた。産後体を壊してしまっていたのだが、毎日重たい物の持ちすぎで症状がさらに悪化したのだ。だからといって仕事を休む事も辞める事も出来ず、このままもっと悪化してしまったらどうしよう。と不安な毎日を過ごしていた。

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 仲良く段ボールごっこ☆

 

仕事を辞めるきっかけ。

ある日、40代後半のとても感じのいい女性が正社員として入社して来た。働き始めて一カ月も経つと過酷な労働に限界を感じたのか、

 

『ここで仕事が続いたらどこへ行っても大丈夫だと思う。』

 

と嘆いていた。さらに親切にしてくれた7つ下の女の子が急に辞める事になった。不器用で迷惑ばかりかけていた私にも優しく話しかけてくれたとても優しい子だった。

 

仕事が辛いと思っていたのは私だけじゃない。

 

ここで初めて《仕事を辞める。》そんな選択肢が頭の中に浮かんで来た。我慢して働いて体を壊してしまったら元も子も無い。子供達にも迷惑をかけてしまう。

 

その後、働きながら時間を見つけては仕事を探したけど、中々条件に合う仕事が見つからず、体に限界を感じて先に仕事を辞めてしまった。離婚前は専業主婦だったので辞めても雇用保険の加入期間が足りずに失業保険は降りなかった。しばらくは貯金で生活する事になる。

 

仕事をしていない罪悪感から私は顔を上げて歩くことができなかった。気の弱い私は保育園でも逃げるように送り迎えをしていた。

 

仕事を探す。

次の仕事は事務職を考えていた。結婚する前は調剤薬局に六年勤めていた経験があるし、事務だったら重たい荷物を持つ機会は少ないので体調面でも安心だろう。と思った。

 

しかし、就職活動は難を極めた。履歴書を送付しては不採用。せっかく面接に行っても、小さな子がいるからすぐ休むと追い返される。病気の時は両親が子供達をみてくれます!!とアピールしても『子供は結局、母親が良いって泣くから休む事になるんだよ。』と言われてしまい、相手にもされませんでした。

 

ブラックそうな会社に面接に行ってしまった時は『子供小さすぎでしょ?普通じゃないでしょ。正気?これ大変な事だよ?』と言われ最後は『母子家庭なんだから何だって出来るでしょ?』とまで言われてしまった。 そんな中、ダメ元で受けた法律事務所から採用の電話を貰った。未経験だしまさか受かると思っていなかったので驚きだった。前職を辞めてから一カ月が経っていた。

 

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未経験で働き始める。

早速、翌週から法律事務所で働き始めるが何が何だか分からなかった。飛び交う法律用語に唖然とする毎日。自分なりに図書館で本を借りてきて勉強したり、お昼休みに今までの事例の資料を見たりと努力はしたが、帰宅すれば子供達のお世話と家事で思うように勉強時間が取れなかった。 

 

事務所の所長はとても怖い人で話をするだけでブルブル震えたし、事務の先輩女性は法律関係の資格を取る為に勉強も兼ねて働いていて、一見親切にしてくれたけど、実は隠れた所でチョコチョコ私に意地悪していた。 

 

色んな事が不安に感じて休みの日も頭の中は仕事の事でいっぱいになった。子供達の目を盗んでは不安を払拭するべく勉強した。丁度、事務所が忙しい時期だったのも運が悪かったのだと思う。 

 

仕事はマニュアルがある訳ではなかったし(ほんとはあったけど事務の先輩に見せて貰えなかった。)事例事に毎回少し内容が違ったりして、不安症の私は本当にこのやり方でいいのか不安で仕方なかった。事務所はいつも無言の空間で誰かに聞ける雰囲気じゃなくて私はいつも冷や汗を掻きながら一人怯えていた。それでも仕事を間違ってはいけないと勇気を振り絞って聞いてはいたけど、理解が悪い事や自分で判断が出来ない事にはみんな呆れていたと思う。私はみんなに迷惑をかけてしまっていた。

 

年末年始が来て、やっと休めると思うと接待や忘年会、新年会と餅つき大会と行事が沢山あって気持ちが落ち着くことは無かった。この仕事、私に出来る仕事だろうか?と疑問に思いながらも行けば収入になったから頑張って通った。(最低賃金でお給料はかなり安かった。) 

 

狂い始めた私の精神状態

働き始めて一ヶ月も経つと私の精神状態が崩れ始めた。離婚のショックからまだ立ち直れていなかったし、色々あって心が弱くなってしまっていた。些細な事に不安を感じてパニックになり、体調面でも胃が痛くてご飯が食べられず病院に通っていた。

 

自分なりに色々と頑張ってはいたけど、だんだんと仕事にまで影響が出始め不安で何も手につかなくなった。心療内科へ通うことを考えて予約を入れようと電話をかけても通うこと自体に不安を感じて受診すら出来ない状態だった。(※後日談だが、この頃の私は他人の目から見ても普通じゃ無かったらしい。)

 

甘ったれの私は責任のある仕事の重圧に耐えられなかったのだと思う。 もし、今現在の私がこの事務所に勤めていたら普通に働けていた自信がある。この時はとても迷惑をかけてしまったと職場に申し訳なく思っている。

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二人乗りでお散歩中☆

☆補足:3月(離婚)4月(引っ越し)5月(保育園)6月(就職)11月退(退職)12月(再就職)

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