今年も父の日がやって来ます。
6月17日は父の日です。それに伴い、パープーの保育園では『父の日製作』が行われました。
我が家は毎年、父の日製作で作った物を面会の時に元旦那に渡していたのですが、今年は面会がありません。
今年はどうしたもんか?とりあえず作って郵送で送るか?(と言っても住所も分からないし、そもそも家があるのかさえ分からない。)次に会った時に渡す事にしてしまっておくか?色々考えたものの答えは出ず。忙しさもありそのまま当日を迎えることになってしまいました。(昨年までは父の日製作はお父さん宛で大丈夫です。と先生に声を掛けていましたが、今年は何も言いませんでした。)
あたし、お父さんいないから。
父の日製作翌日の朝。ぎゅうちゃんが学校に行った後に部屋の片付けをしていると、パープーが、
『昨日、父の日のやつ作ったんだよ。お父さんいない子は好きな人を描いて良くて、あたしはお父さんいないからお祖母ちゃんの絵を描いたん。』
とニコニコしながら言ってきました。
《お父さんいないから…。》パープー、分かってたんだ。もう4歳だし分かって当然の事だよね。でも、改めて言葉にして聞くと申し訳無さで胸が痛い。
私は『え〜っ!!ママじゃないの〜。いいなぁ~お祖母ちゃん。』と言って誤魔化してイチャイチャしたけど、その後も色々と考えてしまいました。
兄妹の差
ぎゅうちゃんは3歳手前まで父親と暮らしていたけど、パープーは生後半年くらいしか一緒に居なかったので、離婚前の父親の記憶がありません。(ぎゅうちゃんは断片的に覚えているようです。)
そのせいか、パープーは会えば喜んだりはするものの、父親への執着が今のところあまり見られません。先日もぎゅうちゃんがパパに書いた手紙を見つけて『パパもう来ないけどね。』なんて重い一言を平然と言ってのけました。対するぎゅうちゃんはやっぱり少し寂しいようで、口に出して言わないだけで色々と思っているようです。
パープーも寂しくない訳ではないけれど、ぎゅうちゃんほどでは無いようで。それがいい事なのかどうかは分からないけど、私としては少し救われています。(自分本位ですみません。)
そして私自身。離婚年数を重ねる毎に母子家庭である子供たちの気持ちを考えつつも、
『受け入れるしかない。』と冷静に対応出来るようになってきました。母子家庭である現実から逃げることは出来ないし、受け入れつつも前向きに生きていくしか道はありません。逃げたところで子供達はもう分かる年頃だから…。
そうなってしまった自分について残念に思ってしまう反面、強くなったという事なのかも…。 と思ったりもして複雑な心境です。母子家庭に慣れ過ぎて感覚が麻痺してしまっている部分もあるような気がします。子供たちの気持ちにもっと寄り添っていかないといけないな。って反省です…。
悩む母をしり目に、勝手にDSでカービィを楽しむパープー。いつの間にゲームが出来るようになったのだろう…。
まとめ
父の日製作も残すところあと一回!!(小学校は無いので。)これを切り抜ければとりあえずひと段落です。でも、父の日が来る度に子供たちは父親の事を思い出して胸を焦がす訳で。いつまで経っても父の日は私にとって悩ましい日です。ごめんね!!子供達。最後まで読んで頂きありがとうございました!!【追記】学童では父の日制作あるかも(´;ω;`)ウゥゥ